朝7時。湘南の浜に出掛ける時にはいつも緊張感を感じる。自然体の笑顔から滲み出るのは、海を知り尽くした男だけが知っている自信。浜で手渡しで仕入れるその日の魚介を、丁寧に旨味を抽出して裏ごし、継ぎ足し継ぎ足して味を深めた濃厚なスープに。漁師との信頼は裏漉してしまわないように……。

肉を焼くだけという、シンプルな料理。しかし実に奥が深い。自分が本当に旨いと感じたものしか仕入れないこと。噛んだ時に鼻に抜ける香り、口に広がる肉汁をイメージして、丁寧に繊細に焼き上げること。しかし、シチリアの観光客のいない屋台で食べた無骨な肉の旨さに、なかなか辿りつけない。

由比ガ浜のタコは、なぜこんなに旨いのだろう。弾力のある身を噛み切った時の力強さ。漁師に聞くと、その秘密はエサにあるようだ。海老や蟹などもともと旨いものをたらふく食べているのだから、それは旨くもなるだろう。手打ちのカヴァテッリとともにシンプルなソースで煮込む。

イタリアで学んだことの一つは、人生を楽しむということ。料理は難しい顔して食べるもんじゃない。旨いメシ、美味いワインがあれば、その日はハッピーだ。実にシンプル。多少の嫌なことはアクセントのようなもの。いろんな歯応えを味わう、この豚を丸ごと詰め込んだサルシッチャのように。

人生を変える出会いがある。古くから代々漁業を営む彼との出会いは、まさにそれだった。2年間通い、料理に対する想いを話した。彼が漁から戻って、一番に電話をかけてくれるようになったから、この店を開くことができた。石鯛、甘鯛、メバル、カサゴ、ヒラメ、カワハギ……。新鮮が旨いの全てではない。それぞれの個体を見極めて、熟成させるものは寝かせることが大切だ。余計な飾りはいらない。彼が獲ったこの旨い魚を食べて欲しいのだ。

食材はストレスの少ない環境で飼育されたものが旨いらしい。それを丁寧に、何度も火から下ろしながら、肉にストレスを与えないよう火を入れていく。のびのびと育ったハンガリー産の仔ウサギを使ったナポリの定番料理。仔ウサギをイメージすると可哀想になるが、これも食文化のためと許していただきたい。

イタリア全土を旅して回る。そこで感じたことは、中部、南部地方の方が自分には合っているということ。オリーブオイルとトマトを使った料理。そしてガヤガヤと陽気なトラットリアの雰囲気。何気なく、特別でもなんでもないイタリアの味を、食べてもらいたい。